曽野綾子氏は常に「上から目線」の人であるが、産経新聞のコラム
は国際教養の無さをさらけ出していて、さすがに呆れた。
ふつう文章化するにあたって、知性のネジがはたらいてストップを
かけるものだが、ご高齢ゆえに、ネジが緩んでしまった故だろうか。
各国のマスコミが曽野氏のコラムを報道しているが、この文章を英語
などに訳すと、日本語の曖昧さや柔らかさが抜け、文字通りストレート
に差別的な主張と受け取られるだろう。
アパルトヘイトの屈辱を強いられてきた人々、その撤廃に命がけで
取り組んできた人々の血と汗と労苦を想像できたなら、
とても書けない文章であり、支配する人々の目線で綴った文章でもある。
おそらくご本人は海外で長期間暮らした経験も無く、
自身が差別にあった経験も無いのだろう。
私は5年ほどアメリカで暮らし、サンフランシスコという、アメリカでは最も
異なる人種がまじりあって一つの地域で生活していた所なので、
差別された経験は無いが、南部や中西部で暮らした日本人は
「外国人はみな出て行け」などと言われたそうである。
サンフランシスコは多人種が同じ地区に住むことを誇りにしている街だった。
隔離の根っこにあるのは「差別」である。
曽野氏は「差別ではなく、区別です」と反論されているが、
区別が差別をうむのである。
「チャイナタウン」や「リトル東京」の存在はいいものでしょう、
ともおっしゃっているが、とんでもない!
現在はどうか知らないが、三十年前のリトル東京や
サンフランシスコのジャパンタウンは治安が悪くて荒れていた。
それらは隔離政策で出来た町ではなく、移民一世たちが迫害や差別から
身を守るために、かたまって一つの地区に住むようになったのである。
日本に住む移民の人たちも苦労や差別を味わってきた。
マスコミはアパルトヘイトのことばかりをとりあげているが、
曽野氏のコラムには、以下のような部分がある。
「高齢者の面倒を見るのに、ある程度の日本語ができなければならないとか、
衛生上の知識がなければならないとかいうことは全くないのだ。
どこの国にも、孫が祖母の面倒を見るという家族の構図はよくある。
孫には、衛生上の専門的な知識もない。
しかし、優しければそれでいいのだ。
「おばあちゃん、これ食べるか?」
という程度の日本語なら、語学の訓練など全く受けていない外国人の娘さんでも、
2、3日で覚えられる。
日本に出稼ぎに来たい、という近隣国の若い女性たちに来てもらって、
介護の分野の困難を緩和することだ」
(転載おわり)
呆れて反論する気もおきない。
このように考えている人物が安倍首相のとりまきなのだから、
日本の福祉・介護に携わる方々の待遇改善は絶望的である。
(m)
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テーマ:伝えたい事 - ジャンル:ブログ
- 2015/02/19(木) 00:16:06|
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| コメント:4
鍵コメさま
ご無沙汰してます。
今年は忙しくてブログを怠けております。
曽野氏は介護ヘルパーをメイドのように考えているのでしょう。
知識も技術もいらない仕事だと・・
この文章を読んで、介護に従事している方々、
怒らないのかなあ・・
- URL |
- 2015/02/20(金) 00:10:05 |
- タマらんブログ #-
- [ 編集 ]
こんにちは~。
介護職はこのような「老人」の言葉に振り回されていては、仕事にならないのです(笑)。
私はタマさんが転載された部分しか、曽野氏の文章は読んでいませんが、それにしても、衛生上の知識も、日本語もいらないとは!あいた口がふさがりません。。。
口の中に手も入れるし、オムツの交換もするので、衛生の知識は、一番厳しくいわれるところですねぇ。また、現場の報告は必ず必要なので、日本語能力がないと、現状を把握し、人に伝えることはできません。常に人手が足りず、自分一人しか現場にいないような状況を、どうやって人に伝えるのですか?それでは介護内容の是非、改善もできず、利用者(老人)の命を危険にさらしてしまいます。
日本にこられている外国人の方々にも、職業の選択の自由は当然のようにあるものだと私は思いますが、「仕事」として給与をもらい、責任が発生することは、介護職にかかわらず、それなりの知識や技術が必要なのは、どんな仕事でも同じだと思うのですが。
孫がするようなことはボランティアさんが無償でしてくださるようなことですよー。それはそれで、とても必要なことですけれど「出稼ぎ」にはなりませんね。
- URL |
- 2015/02/20(金) 14:31:40 |
- kunta #yYljdCm2
- [ 編集 ]
kuntaさま
コメントありがとうございました。
私の伯父は長年介護職の方々にお世話になり、
一昨年、90歳で亡くなりました。
糖尿病があり、むくんだ足をマッサージしていただいたり、
最後の頃は、痰を綿棒で幾度もとっていただいたり、
手厚い介護を受けました。
体調管理や伯父がして欲しいことなど、微妙なことが多く、
それに対応するのは、専門的な知識と技術が必要で、
「気持ち」だけでは不可能です。
複数のヘルパーの方々や看護士さんが交替でケアして
下さっていたので、その都度、丁寧に連絡事項を
ノートに記録されていました。専門用語が多数・・
ですから、きちんと伝えるには、かなりの日本語の能力
も必要ですね。
頭の下がる大変なお仕事だと思いましたが、それが理解されていないと思います。
- URL |
- 2015/02/20(金) 22:58:42 |
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